信貴山縁起絵巻について
信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき)とは、信貴山の朝護孫子寺にいた命蓮というお坊さんの説話を絵巻物にしたものです。
原本と模本が鑑賞できるサイトの紹介
ここでは絵巻物作品が鑑賞できるサイトを紹介します。これ以外にも多くの図書館に収蔵されている日本の絵巻シリーズや高価な複製本などの書籍、巻物でも鑑賞できますが、ここでは一般人が手軽に鑑賞できる場所ということでインターネット上のみに絞って紹介します。一応信貴山縁起絵巻には7本の模本が知られているらしい(参考文献は一番最後に記載)ですが、この内フルで公開されているもので私が知っているのは2本のみです。
- 国宝本(フルで鑑賞できるサイトは見つからず)
- 住吉模本: スクロール鑑賞可能だが、転載不可
- 鳥羽僧正/覚猷 画/伝(国立国会図書館所蔵の模本)
- 立命館大学所蔵の模本(なぜかこれだけ第1巻の詞書きがあるがおそらく創作だと思われる)
2つ目の住吉模本は信貴山縁起絵巻の中で現代残っている最古の模本です。ただ、よくわからない利用規約のせいで、転載できないのでこの先の解説では3つ目の国立国会図書館の模本の方を主に利用します。
また、このアプリで実際に巻物の形式に印刷ができます。やり方等はリンク先のアプリで確認してほしいのですが、住吉模本のjpeg小画像の場合は2段モードでギリギリの解像度です(少し足りないかも)。全部印刷してもA4で3巻合計で20枚程度なので、そんなに費用もかからないので作ってみてはどうでしょうか?ただ、連結作業はまあめんどくさいですが、やはり実際に巻物として鑑賞するのとサイトや書籍で鑑賞するのとはぜんぜん違うので、ぜひ作ってみてください。私が実際に作成してみたところ、やはり絵巻物の作者は巻物の形式で鑑賞されることを計算して作っているみたいでした。そのためこの先、実際に巻物の形式で鑑賞していることを前提として解説していきます。
解説
※ この先解説の都合上、大量のネタバレがあります。ご注意ください。
この信貴山縁起絵巻は三大絵巻物(他に源氏物語絵巻、伴大納言絵巻)の1つとされています。異時同図法の効果的な使い方が素晴らしく、また、ドローンなどがない平安時代に制作されたものであるが、本当に空から眺めている感覚が味わえます。また、場面転換などが素晴らしく、現代のアニメにつながるところもあります。
これについてはジブリの映画監督の高畑勲監督が『十二世紀のアニメーション』と言う本で詳しく解説してくれているので、もし興味があれば図書館などで借りて読んでみてはどうでしょうか? ただ、この本で解説されていましたが、カメラは俯瞰目線からだけではなく、必要に応じて結構自由自在に回しているみたいです。
第1巻(山崎長者の巻/飛倉の巻)

第1巻(山崎長者の巻/飛倉の巻)は、命蓮が信貴山にいながら食事を取るためによく街に鉢を飛ばし、食料を入れてもらっていました。しかし、それが油売りの長者の家についた時、長者はウザかったので食料を入れず蔵に押し込むところから始まります。その後、蔵に入れた鉢によって蔵ごと信貴山に飛ばされます(下の画像はこの場面を切り出してきたもの。Wikipediaより。本来絵巻物は連続的に繰り出して鑑賞するものだから個人的に部分的に切って掲載することはしたくないが、場所の都合上、こうせざる負えない…)。長者は蔵ごと返してくれといいますが、命蓮は蔵は返さないが米は返すと言ってきました。しかし困ったことに蔵の中に大量の米を入れていたので山から街まで持って帰るのは相当困難です。そこでまた命蓮が鉢を使って米俵を飛ばして元の場所に戻すというストーリーです。
この第1巻は実際に印刷して巻物にすれば一目瞭然ですが、他の2巻と比べて短くなっています(おおよそ 8.5、12、14m)。これは外側が痛みまくり、切断されたからだと考えられています。絵巻物では鳥獣戯画という例外や同じく最初の詞書きが失われたと考えられる伴大納言絵巻(これははじめの方の痛み方がひどいため、切り落とされたと考えても差し支えない)という例外を除き、詞書きがあり、その後絵があるという順番となっています。そのため、おそらくこれは詞書きが失われたと考えられます。また、これも有名な話ですが、はじめの長者の家は最後の方の場面の長者の家と残っている部分の描写が同じです。そのため、もう少し右側にあったと考えられています。ただ、これでも量が合わないので、もう少し絵があったと考えられます。
個人的な考えですが、信貴山の宣伝で使いまくっていて(ただこれについては最近では違うのではという説も出てきているが、観賞のときに今とは違ってある程度雑に扱っていたと考えられる)、結構雑に扱っていたら他の理由もありそうですが、初めのほうがもげてきて、本題から始めたらいいんじゃねって誰かが思ってぶった切って現在の形になったと考えています。多分最初から詞書きを書くこともなく始めるのはおそらく無いでしょうし、現存している最初の場所が傷んでいないことからして、意図的にぶった切られたと考えます。あと、広告として雑に扱われていたと考えると、途中でバラけて戻すときにつなぎ方がわからなくなって適当に戻したらうまく繋がらなくなり、書き足したとか考えれば錯簡疑惑は理解できます。と言いましたが、修理の際にまともに記録をセずにバラすというずさんな管理が原因かもしれません…。その真相については多分誰も知りません。
先ほど雑な扱いと言いましたが、これも高畑勲監督も書いていましたが、絵巻物の鑑賞方法についてはまず、全編を広げて鑑賞するものではありません。博物館等でこうやっているのは、何度も巻くと痛むだけではなく、一般人に触らせたら扱い方を間違えるなどでだめになるからだと思います。あと単純にさばける人数の話もあると思います。これについては仕方がないことだとは思っています。このため、早期に作品の高画質データを公開し、スマホや家で作成した複製で実際に見える範囲を絞って鑑賞する体験ができるようになることを願います。
※私は理系の大学生であり、絵巻物についてはある程度参考資料等を漁りまくってある程度の知識を持っていますが、完璧ではありません。間違えていたり勘違いしていたらごめんなさい。
また、蔵が飛んでいる場面ですが、実は蔵の影が描かれていません。このため、私は最初に見たときにあまり前提知識を入れずに鑑賞したため、途中の場面で蔵が飛んでいるとはわかりませんでした(特に先程掲載した画像の場面では蔵が川に浮いているのかと誤解してしまった…)。これは、太陽は平行光線(と近似できる)であり、ある面から光が当てられる面光源とみなせます。このため、絵巻物の場合、ある場所に影を描いた場合、スライドさせて別の場所から見たときに影の方向が合わなくなります。そのように太陽の方向とか考えないといけないとなるとめんどくさいので、多分描いていないと思われます。その代わり、川の上にあるように描いたり、人々の視線を上の方向に向け、蔵が飛んでいるというように表現しています。
他にも右から左へ繰り広げて鑑賞することを前提としているため、ほとんどすべての場面で60cm程度ずつ繰り広げていくことを考慮しており、左側に次への場面へつながるものが描かれています。現在の小説で言うところの伏線でしょうか?
第2巻(延喜加持の巻)

第2巻(延喜加持の巻)は、京都にいる醍醐天皇が病気になり、どうしようもなくなり、信貴山に頼むことにしました。使者が信貴山に行くものの、命蓮は信貴山にいながら治すと言いはりました。その後、実際に京都にいる醍醐天皇の病気が治るという話です。ここで有名な剣の護法童子が天皇のいる清涼殿まで飛んできます。
この剣の護法童子の描画について、実際に巻物として鑑賞していくと、絵巻物は右から左へ鑑賞するため、先に剣の護法童子本人が見え、その後、尾が見えるという順番になっています。またこれがそれまでの流れと異なり、強い印象を残します。また、剣の護法童子の雲ですが、本当に真っ直ぐだと思ったら後ろの方で一回途切れています。当時飛行機がなかった時代にどうやって想像していたのでしょうか?
ちなみに、軽く調べた感じ、こんな感じで様々なもの(特に普段飛ぶはずがない鉢とか蔵とか)が飛ぶという表現がされた絵画作品ではこの作品が最初らしいです。
この第2巻では原本と模本との詞書きが入る場所が違うという大問題があることで有名です。これについては本来なら国宝本、住吉模本を掲載して説明したいのですが、国宝本はデータが見つからず(私は図書館の資料で確認しましたが当たり前転載不可)、住吉模本は意味のわからない利用規約のせいで転載できないので、言葉のみでの説明となってしまいます。それぞれちょうど中央あたりの場所です。
| 国宝本 | 住吉模本 |
|---|---|
| 病気で苦しむ醍醐天皇 | 病気で苦しむ醍醐天皇 |
| ↓ | ↓ |
| 詞書き | 剣の護法童子の描写 |
| ↓ | ↓ |
| 剣の護法童子の描写 | 詞書き |
| ↓ | ↓ |
| 剣の護法童子が飛んできた全体像 | 剣の護法童子が飛んできた全体像 |
なんで原本と模本で違いが出てきてしまったのでしょうか?1つは、模本作成が江戸時代のため、江戸時代では模本通りの順番になっていたが、その後の修復のミスによって入れ替わったか可能性が考えられます。これについては修理する人がまともに記録をセずにバラしたか使い方が雑でバラけて戻すときに間違えた可能性があります。しかし、これは可能性が低いのではと思います。というのも、詞書きでは剣の護法童子が飛んできて病気を直したという内容が書かれており、流石にフライングすることがデフォルトでは無いだろうと思うからです。特に最初の突然本題から始まるやつが後世の作業によるものだと考えると、作者がここまで考えられたのかなって思います。
2つ目は模本を作成した住吉廣保筆が意図的に入れ替えた可能性もあります。ただこれについては他の場面ではこのようなことをやっておらず、また、第1巻の最後の錯簡疑惑と書き込み疑惑がある塀についても書き込まれています。こうなるとすると原本を横において模写したので意図的な入れ替えはないと思います。 ただ、第2巻の詞書きの後の余白が国宝本よりも長い問題は、おそらく国宝本では詞書きを書いて余った部分を切り落としていたが、住吉模本では切り落とさなかったからだと思われます。
他にも模本側の順番が入れ替わったとも考えられなくありませんが、こちらは状態が原本ほどひどくなっていなかったり、紙次での問題も見受けられないので確率は低いと思います。
結局、私としてはどれも可能性がありそうでなさそうなので結局何が原因かどうかわかりませんでした…。
第3巻(尼公の巻)

第3巻(尼公の巻)は、命蓮の姉の尼公が命蓮に会うために信貴山までやってくる物語です。尼公ははじめのうちは様々な家に話を聞きますが、見つからず、東大寺大仏殿で仏に頼みます。この場面が異時同図法の有名な場所です。これについては別のサイトで詳しく解説されているのでそちらに任せます。その後、悟りがあったようで、信貴山に向かい、無事命蓮と再開し、尼公は故郷に戻らず、信貴山で修行に励むことにしたという物語です。
ちなみに最後の尼公が信貴山に到着した場面でも異時同図法が用いられています。建物の柱を漫画のコマのように使って尼公の様子を描いています。
参考文献
- Wikipedia
- 国宝『信貴山縁起絵巻』を、ざっくり解説! Note
- 複製品のパンフレットの解説部分
- 泉武夫 『アートセレクション 信貴山縁起絵巻 躍動する絵に舌を巻く』 小学館、2004年 ISBN 4-09-607020-3
- 若杉準治 『絵巻物の観賞基礎知識』 至文堂、1995年 ISBN 4-7843-0157-7
- 高畑勲 『十二世紀のアニメーション』 徳間書店、1999年 ISBN 4-19-860971-9: ジブリの映画監督ということもあって、他ではない切り口で絵巻物を解説している
- 〔報告〕 国宝信貴山縁起絵巻の蛍光X線分析 今回は見つけたタイミング上、これを考慮に入れられなかったが、やはり蛍光X線分析は行われていたみたいだった。
- 『信貴山縁起絵巻』 第一巻 「山崎長者巻」 における紙継ぎの問題について: 模本一覧についてはここを参考にした